不当廉売-東京と畜場事件

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不当廉売とは

廉売規制の意義

  1. 略奪的価格設定を防止
  2. 参入阻止・強調維持
  3. 競争に耐えられない事業者の保護

不当性の根拠

  1. 経済的不合理:採算を度外視した廉売は廉売者の損失を大きくし、経済的合理性を欠くものである。故に、競争者を排除することで得られる独占・寡占による超過利潤の獲得を企図したものであるとの疑いが生じる。
  2. 効率的事業者の排除:企業の効率性を反映しない廉売行為は、自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者を排除する点において不当である。

規制の対象となる行為

独禁法2条9項3号

正当な理由がないのに、商品又は役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであつて、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあるもの

2条9項3号の要件

  • 正当な理由がない

特段の事情がない限り、他の要件を満たせば公正競争阻害性が認められる。不当廉売ガイドラインも「廉売を正当化する特段の事情があれば,公正な競争を阻害するおそれがあるものとはいえず,不当廉売とはならない。例えば,需給関係から廉売対象商品の販売価格が低落している場合,廉売対象商品の原材料の再調達価格が取得原価より低くなっている場合において,商品や原材料の市況に対応して低い価格を設定したとき,商品の価格を決定した後に原材料を調達する取引において,想定しがたい原材料価格の高騰により結果として供給に要する費用を著しく下回ることとなったときは,「正当な理由」があるものと考えられる」とする[1]

  • その供給に要する費用(原価)を著しく下回る価格で

「供給に要する費用を著しく下回る価格」=平均可変費用を下回る対価[2]

供給に要する費用:商品を供給するために必要な費用(総費用)。

固定費用:商品を供給しなくても発生する費用(設備投資、研究開発費、広告費用、本社経費等)

可変費用:商品を供給しなければ発生しない費用(製造原価、仕入原価、運送費、倉庫費等)

平均総費用=平均固定費用+平均可変費用

  • 継続して供給し

他社の事業活動に影響を与える程度継続している。不当廉売ガイドラインは、「相当期間にわたって繰り返して廉売を行い,又は廉売を行っている事業者の営業方針等から客観的にそれが予測されることであるが,毎日継続して行われることを必ずしも要しない。例えば,毎週末等の日を定めて行う廉売であっても,需要者の購買状況によっては継続して供給しているとみることができる場合がある」としている(3(1)イ)。

  • 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること

「他の事業者」とは、通常は競争関係にある者を指すが、限定がなく、廉売を行う者と同等に効率的である必要はない。また、他の事業者の事業活動を困難にさせる「おそれ」で足り、現に事業活動が困難になることは必要なく、諸般の状況からそのような結果が招来される具体的な可能性が認められる場合でよい

一般指定6項

法第二条第九項第三号に該当する行為のほか、不当に商品又は役務を低い対価で供給し、他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあること。

一般指定6項の要件

  • 不当に商品又は役務を低い対価で供給し
  • 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある

適用事案

  • 2条9項3号の費用基準以上かつ原価を下回る対価である場合
  • 2条9項3号の費用基準を下回る価格かつ単発的に供給する(継続性の要件を満たさない)場合

「不当に」が要件となるため、公正競争阻害性つまり自由競争減殺が生じなければならない。不当廉売ガイドラインは、「廉売対象商品の特性,廉売行為者の意図・目的,廉売の効果,市場全体の状況等からみて,公正な競争秩序に悪影響を与えるときは,不公正な取引方法第6項の規定に該当し,不当廉売として規制される」としている(4(1))。

独占禁止法2条9項3号と一般指定6項の適用関係

参考:泉水文雄「不公正な取引方法(3) 不当廉売」『法学教室』429号111頁(2016年)。

排除型私的独占における「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」

排除型私的独占ガイドラインは、「商品を供給しなければ発生しない費用を下回る対価設定」として不当廉売を挙げている(第2の2)。可変費用を下回る対価設定のみ不当廉売としているため、一般指定6項の不当廉売は排除行為としない。

東京と畜場事件(最判平成元年12月14日)

【事実】

原告・上告人X(日本食品株式会社)は、東京都荒川区において、と畜場「三河ミートプラント」を設置し、と殺解体業を営むと畜業者である。被告・被上告人Y(東京都)は、東京都港区の東京都中央卸売市場食肉市場に併設されている「都立芝浦屠場」を経営している。Yは昭和40年以降、継続して原価を著しく下回ると場料を徴収して営業したため、莫大な赤字を生じ、一般会計からの補填を受けていた。

Xは、Yの設定したと場料が不当廉売に該当し、独占禁止法19条に違反するとして、民法44条1項、同709条に基づき、東京地裁に損害賠償請求を提起した。

第一審:東京地裁はXの請求を全面的に認めた。これを不服としてYが控訴した。

第二審:東京高裁は、地裁判決を取り消し、Xの請求を棄却した。Xが上告した。

【判旨】

一 独占禁止法による「不当廉売規制がされているのは、自由競争経済は、需給の調整を市場機構に委ね、事業者か市場の需給関係に適応しつつ価格決定を行う自由を有することを前提とするものであり、企業努力による価格引下げ競争は、本来、競争政策か維持・促進しようとする能率競争の中核をなすものであるが、原価を著しく下回る対価で継続して商品又は役務の供給を行うことは、企業努力又は正常な競争過程を反映せず、競争事業者の事業活動を困難にさせるなど公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれが多いとみられるため、原則としてこれを禁止し、具体的な場合に右の不当性がないものを除外する趣旨で、旧指定の五にいう「不当に」ないし一般指定の6にいう「正当な理由がないのに」との限定を付したものであると考えられる。……右の「不当に」ないし「正当な理由がないのに」なる要件に当たるかどうか、換言すれば、不当廉売規制に違反するかどうかは、専ら公正な競争秩序維持の見地に立ち、具体的な場合における行為の意図・目的、態様、競争関係の実態及び市場の状況等を総合考慮して判断すべきものである

二 「……Yは、と場料を徴収してと畜場事業を経営する地方公共団体であるが、昭和40年度以降、本件係争年間を含め、認可額どおりであるとはいえ原価を著しく下回ると場料を徴収してきたものであって、このようにYのと場料が長期間にわたり低廉で推移してきたのは、原審か適法に確定したところによると、と場料の値上げには生産者が敏感に反応して、Yへの生体の集荷量の減少、都食肉市場の卸売価格ひいて都民に対する小売価格の高騰を招く可能性があるところから、かかる事態を回避して集荷量の確保及び価格の安定を図るとの政策目的達成のため、赤字経営の防止よりは物価抑制策を優先させることとし、東京都一般会計からの補助金により赤字分を補填してきたことによる、というのである。料金認可制度の下においても不当廉売規制が及ぶことは前記説示のとおりであり、また、公営中心主義を廃止したと畜場法の下において、公営企業であると畜場の事業主体か特定の政策目的から廉売行為に出たというだけでは、公正競争阻害性を欠くということはできないことも独占禁止法19条の規定の趣旨から明らかである。しかしながら、Yの意図・目的が右のようなものであって、前示のようなX及びYを含むと畜場事業の競争関係の実態、ことに競争の地理的範囲、競争事業者の認可額の実情、と畜場市場の状況、上告人の実徴収額か認可額を下回った事情等を総合考慮すれば、Yの前示行為は、公正な競争を阻害するものではないといわざるを得ず、旧指定の五にいう「不当に」ないし一般指定の6にいう「正当な理由がないのに」した行為に当たるものということはできないから、Yの右行為は独占禁止法19条に違反するものではない。」

【論点】

地方公共団体の事業者性

本件廉売行為は、営利を目的としない地方公共団体が一定の公益目的を達成するためになされたものである。地方公共団体の廉売行為に独占禁止法を適用すべきか。

原価基準

本判決は、総販売原価を営業原価に販売費および一般管理費を加えたものとしていることから、営業原価を下回る場合が総販売原価を著しく下回るものと解されている[3]

価格規制の存在

と場料は、と畜場法によって認可制が採られ、認可額以上の料金の徴集が禁止されている。個別規制法によって価格規制が採られている場合に、独占禁止法の不当廉売規制を適用すべきか。

本件のような料金設定に対する厳格な法規制が存在し、民主的な監視機構が成立している公共事業について、独占禁止法上の不当廉売規制を適用することは、同規制の本来的意義・目的から見て適当とは言い難い。というのも、個別規制法によって価格規制が存する以上、競争者の排除を目的とする料金設定や競争者が退出した後の過大な利潤を許容する料金設定がなされることが本来的には考えられないからである[4]

正当な理由の考慮要因

地方公共団体であるYの廉売行為は、一定の公益目的すなわちYへの「集荷量を確保し都民に対して食肉を大量かつ安定した小売価格で供給」するとの目的でなされた。このような目的からなされた廉売行為には、「正当な理由」があるといえるか、あるいは、公益目的は考慮要因になり得るか。

「不当に」または「正当な理由がないのに」の要件を充足するか否かは、公正競争阻害性があるか否かによって判断するのが通説・判例である。最高裁は、「『正当な理由』とは、専ら公正な競争秩序維持の見地からみた観念であって、……単に通常の意味において正当のごとくみえる場合すなわち競争秩序の維持とは直接関係のない事業経営上又は取引上の観点等からみて合理性ないし必要性があるに過ぎない場合などは、ここにいう『正当な理由』があるとすることはできない」と判示している。

本件について見れば、2通りの理解の仕方がある。

  • 本件の公益目的も事情上の合理性ないし必要性と同様に「正当な理由」には含まれない。
  • 事業経営上又は取引上の合理性ないし必要性を判断要因の一つとして考慮することまで否定しているものではない。本件の場合にも公益目的は「正当な理由」の有無すなわち公正競争阻害性の判断にあたって考慮さるべき要因の一つたりうる。(本判決の立場)

本判決は、「正当な理由」の判断については、廉売行為の意図・目的を判断する際の考慮要因の一つとしている。そして、公益目的は廉売行為の公正競争阻害性を判断する際の考慮要因の一つであるが、かかる目的からなされた廉売行為であるからといって、そのことだけで公正競争阻害性がない、「正当な理由」があるとはいえない、とした。

公益目的と公正競争阻害性

独占禁止法の違法性の評価に、市場機能の維持以外の公共性の評価を入れるべきか。

独占禁止法が維持すべき市場の機能は、原理的に、各主体が利潤の最大化を目的とした合理的な行動をとることによって確保される。このような市場の機能を維持することが独占禁止法の公益目的であるが、その違法性を判断する際に他の公益目的を考慮要素に含める場合には、独占禁止法の存在意義を独占禁止法が自ら否定することにつながる。

地方財政法6条によれば、災害その他特別の事由がある場合において議会の議決を経たときは、一般会計又は他の特別会計からの繰入ができる。この規定の趣旨は、受益者負担が合理的な場合に、特に補助といった形での補填は最小限である必要があると示すことであり、と畜場に対する赤字補填は、結果的には、肉の消費額が多い富裕家庭により多くの所得移転をもたらすものであり、同条の趣旨に反する。

公正競争阻害性の存否

廉売行為の公正競争阻害性の判断に際して「市場」の画定は必要か。

最高裁は、明言はしていないが実際上は「市場」を画定し、この市場における公正な競争を阻害するおそれがあるか否かを判断している。特に最高裁が重要視した事実は次の通りである。

  • XとYは、関東及び東北の1都11県の59事業と競争関係にある。
  • そのうち47の事業者がXの実徴収額より低い認可額で営業している[5]
  • Xのような消費地型の単独と畜場のシェアは衰退傾向にある。

批判

しかしこのような事実から、Xの事業活動が困難になった原因は被上告人の廉売行為にはないとすることはできても、Yの廉売行為に公正競争阻害性がないというには不十分であると考えられる。公正競争阻害性がないというためには、Yの廉売行為が競争者の顧客をどれだけ奪取しているかどうか、それによって競争者の事業活動にどのような影響が生じるおそれがあるか等が、Yのシェア、Yのと場料と競争者のと場料の比較、廉売行為によって影響を受ける事業者の数・事業規模等を考慮して判断されなければならないと考えられる[6]

[1] 季節商品で季節が過ぎた場合、陳腐化した商品などが想定される。

[2] 1975年のAreedaとTurnerが発表した論文に基づく。彼らは、独占的地位にある企業が行う略奪的廉売の規制基準として次の基準を提唱した。

  • 合理的に予想される、平均可変費用未満の価格設定であれば違法と推定される。
  • 平均総可変費用以上の価格設定であれば適法とされる。

[3] 本判決においては、Yのと場料が原価を著しく下回ることは争点となっていない。

[4] 屋宮憲夫「公営企業の料金設定と不当廉売-東京都芝浦と畜場不当廉売事件控訴審判決(東京高判昭和61・2・14)」『ジュリスト』861号(1986年)。

[5] この点につき、Yは大幅な原価割れによって、そもそも、市場価格全体を非常に低くしている可能性が高い、との指摘がある。東京都がわが国最大の食肉消費地であることを考えれば、多くの酪農家とと畜業者は、東京都に出荷することを想定して活動する。Yのと場料が非常に低い場合に、他地域のと畜業者はそれを上回る価格を付けることが現実的に不可能である。(来生新他「都営『と畜場』の不当廉売に対する損害賠償請求事件最高裁判決評釈」『横浜国際経済法学』2巻1号(1993年))

[6] 民事事件であるために、Xとの関係においてはYの廉売行為は独占禁止法にならないとされたと考えることができる。