基本的人権

基本的人権(fundamental human rights)とは、信教の自由、言論の自由、職業選択の自由などの個別的人権を総称することばである。日本国憲法は、国家の統治に関わる原則を定めると同時に、国民の基本的人権を保障する。

日本国憲法における人権保障

日本国憲法11条は、日本国憲法における人権の観念について規定する。

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

同条は、人権の固有性・不可侵性・普遍性について規定する。

  • 固有性:「与へられる」とは、人間が生まれながらにして有することを意味し、人間であれば当然に保有する権利であることを示す。
  • 不可侵性:「侵すことのできない永久の権利」とは、人権が、原則として、公権力によって侵されないことを示す。但し、この不可侵性は無制限ではなく、公共の福祉により制限される可能性がある。
  • 普遍性:「すべての基本的人権の享有を妨げられない」とは、人権が、人種、性、身分などの区別に関係なく、人間であれば当然に享有することができることを示す。

基本的人権とは、人間の固有の尊厳に由来するものであり、人間尊厳の原理とも呼ばれる。日本国憲法は、その権利を実定法的な法的権利として確認したものなのである。

個別的人権

スポンサーリンク


自由権

自由権とは、「国家からの自由」とも呼ばれ、国家が個人の領域に対して権力的に介入することを排除して、個人の自由な意思決定と活動を保障する人権である。精神的自由権、経済的自由権、人身の自由がある。

参政権

参政権とは、「国家への自由」とも呼ばれ、国民が国政に参加する権利である。選挙権・被選挙権のみならず、憲法改正国民投票、最高裁判所裁判官の国民審査をも含む権利である。

社会権

社会権とは、「国家による自由」とも呼ばれ、社会的・経済的弱者が「人間に値する生活」を営むことができるように、国家の積極的な介入・保障を求める権利である((1919年ワイマール憲法は「経済生活」の章において、「経済生活の秩序は、すべての者に人間に値する生活を保障することを目的とする正義の原則に適合しなければならない(151条)」として、社会的・経済的弱者の保護と、そのための国家の積極的活動の義務を定め、社会権を初めて明文で規定するに至った。))。但し、憲法の規定のみを根拠として権利の実現を裁判所に請求することのできる具体的権利ではない。

人権の享有主体

人権は、人種、性、身分などの区別にかかわらず、人間であれば当然に享有することができる権利である。しかし、日本国憲法の規定の対象は基本的には一般国民であるように見え、他に人権を享有することができる主体があるか、という問題がある。具体的に言えば、天皇・皇族、法人、外国人が人権の享有主体になり得るかという問題である。

天皇・皇族

天皇・皇族も、日本の国籍を有する日本国民であり、人間であることに基づいて認められる権利は保障される。しかし、天皇・皇族という特別な地位を有するため、保障される人権の内容については個別に検討が求められる((天皇は国政に関する権能を有しないため、選挙権・被選挙権等を内容とする参政権は有しない。また、天皇の地位が世襲制であるゆえに、婚姻の自由は制約される。その他の財産権についても一定の制約に服する。))。

法人

人権の享有主体は、基本的には人間である自然人が想定されている。しかし、経済社会の発展に伴い、会社、その他の団体といった法人の活動・役割が増大しており、法人にも人権を保障しなければ、不都合が生じる。そこで、法人にも、性質上可能な限りにおいて人権が保障されると解されている。すなわち、享有主体が自然人のみが想定されている選挙権、生存権、人身の自由等は、法人には及ばないが、その他の権利は法人にも認められる。但し注意しなければならないのは、人権の保障の程度が自然人とは異なることである((八幡製鉄事件(最大判昭和45年6月24日)参照))。

外国人

人権が人間の尊厳に基づくものであること、憲法が国際主義の立場から条約及び確立された国際法規の遵守を定め(98条)、かつ、国際人権規約等にみられるように人権の国際化の傾向が顕著であることを考慮すれば、外国人をも人権の享有主体であるとすべきである。しかし、日本国憲法によって保障される人権は、基本的には日本国民を対象とするものであるから、外国人に適用する際には一定の制約が付され得る。

参政権

参政権は、国民が自己の属する国の政治に参加する権利であり、当該国家の国民にのみ与えられるのが通常である。ゆえに、参政権は外国人には保障されない。但し、地方自治体における選挙権を、定住外国人に付与することは可能である(最判平成7年2月28日)。

また、公務就任権(公務員として任用される権利)については、公権力を行使する職務であっても、直接の国家の政策に影響を及ぼすところの少ない調査的・諮問的・教育的な職務などは、定住外国人にも就任することができると解すべきである。最判平成17年1月26日は、「住民の権利義務を直接形成し、その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い、若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い、又はこれらに参画することを職務とする」いわゆる「公権力行使等地方公務員」の職務の遂行は、「住民の生活に直接間接に有」し、「国民主権の原理に基づき、国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条、15条1項参照)に照らし、原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定
されているとみるべきであり、我が国以外の国家に帰属し、その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは、本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである」と判示した((原審となる東京高判平成9年11月26日は、(1)公権力の行使または公の意思の形成に参画することによって直接的に統治作用に関わる管理職に就くことはできないが、(2)専ら専門的・技術的な分野においてスタッフとしての職務に従事するなど、統治作用に関わる程度の弱い管理職と、(3)それ以外の、上司の命令を受けて行う補佐的・補助的な事務又は専ら学術的・技術的な専門分野の事務に従事する公務員に就くことは、必ずしも国民主権の原理に反しない、とする。))。

社会権

社会権も参政権同様、各国家によって保障されるべきであるが、権利の性質上、外国人に認めることは許容される。

入国の自由

通説・判例によれば、入国の自由は外国人には保障されない((最大判昭和32年6月19日は、「国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約が存しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないものである」と判示した。))。入国の自由同様に、在留の権利も保障されない(最大判昭和53年10月4日)。また最高裁は、「我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでもない・・・指紋押捺拒否を理由としてなされた法務大臣の本件不許可処分は、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くということはできず、裁量権を濫用した違法性はない」と判示したことによって、再入国の自由もないとする(森川キャサリーン事件、最判平成4年11月16日)。

スポンサーリンク



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする