板まんだら事件-法律上の争訟の意義

日本の裁判所はいかなる紛争をも審理することができるわけではない。裁判所法3条1項は次のように規定し、裁判所の司法権が及ぶ紛争を限定している。

裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

板まんだら事件(最三判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁)は、「法律上の争訟」の意義を明らかにした判例である。

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事実

Y(創価学会)の会員であったXらは、御本尊「板まんだら」を安置する正本堂の建立のための資金として、Yの募金に応じて寄付をした。しかし、その後Xら17人は、「板まんだら」は実際には偽物であった等と主張して、本件寄付は錯誤により無効である(民法95条)として寄付金の返還を請求して訴えを提起した(不当利得返還請求)。
第一審(東京地判昭和50年10月6日判時802号92頁)は、「法律上の争訟」に当たらないとして訴えを却下した。Xらが控訴。控訴審(東京地判昭和50年10月6日判時802号92頁)は第一審判決を取消した。Yが上告。最高裁は、原判決(控訴審判決)を破棄してXらの控訴を棄却した(第一審の「訴え却下」判決を「正当」なものとした)。「訴え却下」ではなく「請求棄却」判決をすべきとする寺田治郎裁判官の「意見」(不利益変更禁止の観点から控訴棄却の結論には賛成)がある。

判旨

(1)「裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう『法律上の争訟』、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和39年(行ツ)第61号同41年2月8日第三小法廷判決・民集20巻2号196頁参照)。したがって、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であっても、法令の適用により解決するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、というべきである。」
(2)「これを本件についてみるのに、錯誤による贈与の無効を原因とする本件不当利得返還請求訴訟においてXらが主張する錯誤の内容は、(1)Yは、戒壇の本尊を安置するための正本堂建立の建設費用に充てると称して本件寄付金を募金したのであるが、Yが正本堂に安置した本尊のいわゆる「板まんだら」は、日蓮正宗において「日蓮が弘安2年10月12日に建立した本尊」と定められた本尊ではないことが本件寄付の後に判明した、(2)Yは、募金時には、正本堂完成時が広宣流布の時にあたり正本堂は事の戒壇になると称していたが、正本堂が完成すると、正本堂はまだ三大秘法抄、一期弘法抄の戒壇の完結ではなく広宣流布はまだ達成されていないと言明した、というのである。要素の錯誤があったか否かについての判断に際しては、右(1)の点については信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断が、また、右(2)の点についても「戒壇の完結」、「広宣流布の達成」等宗教上の教義に関する判断が、それぞれ必要であり、いずれもことがらの性質上、法令を適用することによっては解決することのできない問題である。本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となっていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。」
(3)「・・・Xらの本件訴は不適法として却下すべきであるから、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、Xらの控訴はこれを棄却すべきである。」

判決のポイント

判決によれば、「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものである。本件のような、「純然たる信仰の対象の価値または宗教上の教義に関する判断自体を求める訴え、あるいは単なる宗教上の地位の確認の訴え」は、不適法であり却下される。

宗教問題に関する紛争であっても、宗教問題が前提問題として争われる場合には、以下の2通りの分け方がある。

  1. 紛争の実体ないし核心が宗教上の争いであって紛争が全体として裁判所による解決に適しない場合
  2. 紛争自体は全体として裁判所による解決に適しないとは言えない場合

2.の場合においては、訴えは却下されず審理されるが、宗教上の問題については宗教団体の自律的判断が尊重される。

何が法律上の紛争に当たるかは、紛争の主題を正しくとらえ、法律による解決が可能か不可能か判断していくことになる。