NHK受信料制度合憲判決を読む②-放送法64条1項の意義・性質

前回の記事では、NHK受信料制度の憲法適合性について見た。最高裁は、受信契約を義務づける放送法641項は憲法に違反しないと判断した。では、最高裁はこの規定をどのように理解しているのか、そして、国民は受信料を支払う必要があるのか見ていく。

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放送法641項の意義

規定の強制力

 被告は、「放送法641項は、訓示規定であって、受信設備設置者に原告との受信契約の締結を強制する規定ではない」と主張した。

訓示規定:各種の規定のうち、裁判所や行政庁に対する指示としての性格をもつにすぎず、それに違反しても行為の効力には影響がないとされるもの。(引用:https://kotobank.jp/word/%E8%A8%93%E7%A4%BA%E8%A6%8F%E5%AE%9A-487698

最高裁は、これに対して以下のように述べ、被告の主張を否定した。

原告の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨が,前記のとおり,国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし,そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものであることに加え,前記のとおり,放送法の制定・施行に際しては,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されるものとされていたことをも踏まえると,放送法64条1項は,原告の財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたものと解されるのであり,法的強制力を持たない規定として定められたとみるのは困難である。

よって、放送法641項の規定は単なる訓示規定ではなく、国民に義務を課す義務規定であると解することができる。では、国民は受信料を支払わなければならないかというとそうではない。

受信契約締結の強制

 ここで問題となる放送法641項を見てみる。

協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。

テレビ等の受信設備を設置した者は、NHKと受信契約を締結しなければならないという規定である。すなわち、受信設備を設置したからといって自動的に受信契約が締結されるわけではなく、受信設備設置者とNHKが契約を締結することを求める規定なのである。したがって、テレビ等を設置したからといって当然に受信料の支払義務が発生するわけではない。最高裁はこの点について以下のように述べている。

放送法は,受信料の支払義務を,受信設備を設置することのみによって発生させたり,原告から受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく,受信契約の締結,すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたものであることは明らかといえる。

 しかし、受信料の負担を強いられる契約を進んで締結する人ばかりではないのは確かであり、NHKが国民に対してどのようにして受信契約の締結を強制するかが問題となる。最高裁は、次のように述べた。

同法自体に受信契約の締結の強制を実現する具体的な手続は規定されていないが,民法上,法律行為を目的とする債務については裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる旨が規定されており(同法414条2項ただし書),放送法制定当時の民事訴訟法上,債務者に意思表示をすべきことを命ずる判決の確定をもって当該意思表示をしたものとみなす旨が規定されていたのであるから(同法736条。民事執行法174条1項本文と同旨),放送法64条1項の受信契約の締結の強制は,上記の民法及び民事訴訟法の各規定により実現されるものとして規定されたと解するのが相当である。

最高裁が参照した規定は以下の通りである。

民法4142

債務の性質が強制履行を許さない場合において、その債務が作為を目的とするときは、債権者は、債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし、法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。

民事執行法1741

意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。ただし、債務者の意思表示が、債権者の証明すべき事実の到来に係るときは第二十七条第一項の規定により執行文が付与された時に、反対給付との引換え又は債務の履行その他の債務者の証明すべき事実のないことに係るときは次項又は第三項の規定により執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなす。

 これらの規定は、債務者がある一定の行動をすることを債務(義務)として負っている場合において、裁判所がその行動をするようにと判決を下せば、債務者はその行動をしたものとされるという規定である。受信契約締結義務について見れば、NHKが受信設備設置者に対して裁判を提起し、裁判所が受信設備設置者に受信契約を締結せよ、との判決が確定すれば、受信設備設置者は受信契約を締結することに承諾したものとされるのである。

放送法641項の性質

受信契約の成立時期と受信料支払い義務の発生

 上記の通り、NHKは受信契約を締結しない者に対しては、裁判で受信契約の締結を強制することができる。この場合、受信契約は裁判の判決が確定した時点となる。では、裁判までの間の受信料を支払う義務は存在するのだろうか。この点について最高裁は次のように述べた。

放送受信規約には,前記のとおり,受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(第1の2(1)キ(イ))がある。前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。

すなわち、裁判によって受信契約が成立したとしても、受信設備設置者は受信設備を設置した時点からの受信料を支払わなくてはならないのである。

受信料債権の時効

 被告は、受信料債権の一部が時効により消滅したとも主張している。問題は、時効の起算点である。受信料の支払義務は受信設備設置時点まで遡ったが、時効の起算点も遡及するのかという問題である。最高裁は次のように述べた。

  • 消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ,受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから,受信契約が成立する前においては,原告は,受信料債権を行使することができないといえる。
  • この点,原告は,受信契約を締結していない受信設備設置者に対し,受信契約を締結するよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料を請求することができることからすると,受信設備を設置しながら受信料を支払っていない者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地があり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるのは,不均衡であるようにも見える。
  • しかし,通常は,受信設備設置者が原告に対し受信設備を設置した旨を通知しない限り,原告が受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。

 原則として、消滅時効は権利を行使することができる時、すなわち受信契約の成立時点から進行する。そうすると、受信契約を締結した者としなかった者で消滅時効の進行に差が出るが、NHKが受信設備を設置したことを速やかに把握することは困難であるため、やむを得ない。すなわち、消滅時効の起算点は受信契約が成立した時点となり、受信設備設置時点には遡らない

小括

 以上の判断は法律の規定に照らした合理的な判断だと考えられる。NHKが直接的に支払の請求ができる可能性は排除された。しかし、NHKが国民を訴え、受信契約締結を強制した場合には、国民は設備設置時点からの受信料の支払を求められるとした点で、国民の受信料支払義務が確定的なものになったといえるだろう。