欧州司法裁判所における「忘れられる権利」

誰しもが忘れてもらいたい過去があるはずだ。それは、自身の犯罪歴といったものからSNSでの自身の発言など広範にわたる。近年、情報技術の発達により、ありとあらゆる情報があっという間に拡散する一方で、それらの情報を消去を求める権利、すなわち、「忘れられる権利」の議論が活発に行われている。中でも欧州司法裁判所における判決が重要な手がかりとなる。

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欧州司法裁判所の判決

事実

原告であるスペイン人弁護士Mario Costeja Gonzálezが、自己の名前をGoogleで検索すると、社会保険料滞納により差し押さえられた不動産の競売手続の公告が記載された、大手日刊紙La Vanguardiaの、1998年1月19日付のウェブページおよび1998年3月9日付のウェブページへのリンクが表示されることについて争った。原告が自己の不動産を差し押さえられたのは事実であるが、それは数年前に完全に処理されたものであって、差押えの記載については適切ではない。そこで、原告は、スペインのデータ保護機関(AEDP)に対して以下の通り請求した。

  1. La Vanguardiaに対して、このような個人情報が表示されないよう、これらのホームページの消去または修正をするよう命じるか、これらのデータの保護のために検索エンジンによって提供されるツールを用いるかするように命じること。
  2. Google及びGoogle Spainに対して、これらのデータが検索結果やLa Vanguardiaへのリンクに表示されることがなくなるよう、Xの個人データを消去するか、アクセスできないように命じること。

AEDPは、2010年7月30日の決定において、La Vanguardiaに対する請求は認めなかったが((その理由は、La Vanguardiaによる本件情報の公開は、労働・社会問題大臣の命令によるものであり、また、公売にあたってできるだけ多くの入札者を集めるために、最大限の宣伝をすることを目的としたものであって、法的に正当化されるからである。))、Googleに対する請求を認めたため((その理由は、検索エンジンの経営者は、データの取扱いを行っている管理者であり、また、情報社会における中間者であることから、データ保護立法に従わなければならず、検索エンジン経営者による検索結果のローカライゼーションおよび拡散が、データの保護に関する基本権および、広義における人間の尊厳を侵害し得るからである。))、Googleがスペインの全国管区裁判所に提訴した。裁判所は、この問題を解決する前提として、以下のEUデータ保護指令の解釈について欧州司法裁判所に先決裁定を求めた。

  1. EUデータ保護指令の適用範囲に関わる4条1項の解釈。
  2. 検索エンジンがEUデータ保護指令2条の個人データの「取扱管理者」にあたるか否かの解釈。
  3. 検索エンジンがEUデータ保護指令12条b号および14条a号に基づいて、AEPDが、検索エンジンに対して直接、検索結果の撤回を命じることができるかの解釈。
  4. 「忘れられる権利」に関して、EUデータ保護指令12条b号および14条1項a号に基づいて、データ主体に消去請求権が認められるかの解釈。

EUデータ保護指令

第2条 定義

この指令の目的に関して、

[…]

(d)「管理者」とは、単独で又は他と共同して、個人データの取扱いの目的及び手段を決定する自然人、法人、公的機関、機関又はその団体をいう。取扱いの目的及び手段が国内の若しくは共同体の法律又は規則によって決定される場合には、管理者又はその指定に関する特定の基準は、国内法又は共同体法でもって定めることができる。

[…]

第4条 適用される国内法

1. 各構成国は、この指令に従って採択した国内規定を次の場合の個人データ取扱いに適用しなければならない。

(a)取扱いが構成国の域内に設置された管理者の活動に関連して行われる場合。同一の管理者が複数の構成国域内に設置されたときは、当該管理者は、これらの設置のそれぞれが適用される国内法により定められた義務を遵守することを確保するために必要な措置を講じなければならない。

(b)管理者が構成国の域内には設置されていないが、国際公法によって当該構成国の国内法が適用される地域に設置されている場合

(c)管理者が共同体の域内に設置されていないが、個人データの取扱いを目的として当該構成国の域内に設置された自動又はその他の設備を利用する場合。ただし、共同体の域内を通過する目的のためにのみ当該設備を利用する場合は、この限りではない。

[…]

第12条 アクセス権

加盟国は、あらゆるデータ主体に対して、取扱管理者から以下のことを得る権利を保障するものとする。

[…]

b)場合によっては、とりわけ、データの不完全さ又は不正確さによって、その取扱いが本指令に適合していないところのデータの修正、消去又は封鎖。

[…]

第14条 データ主体の異議権

加盟国は、データ主体に対して、以下の権利を承認する。

a)少なくとも第7条第c号及び第f号に規定されている場合において、データ主体の個別の状況に照らし、優先すべきかつ正当な理由をもって、自らに関するデータが取扱いの対象になることに対して、いつでも異議を申し立てる権利。ただし、国内法に、反対の規定がある場合はこの限りではない。異議が正当化される場合には、取扱管理者は、もはや、当該データを対象とする取扱いを実行することはできない。

判旨((宮下紘「『忘れられる権利』の運用と法的課題」電気通信普及財団研究調査助成報告書31号(2016); 村田健介「『忘れられる権利』の位置づけに関する一考察」岡山大学法学会雑誌65巻3・4号(2016)。))

欧州司法裁判所は、社会保険料の滞納に伴う不動産競売に関する新聞記事の検索結果の表示について、この表示がEU基本権憲章第8条が保障する個人データへの権利に照らし、EUデータ保護指令が保障する削除の権利及び異議申立権に違反するという判決を言い渡した。

第一に、EUデータ保護指令の適用範囲に関わる4条1項に関して、裁判所は、検索エンジンの運営の活動と加盟国内の設置によるその活動は密接に関連している点に着目し、加盟国内の領土において管理者の設置の活動に関連して個人データの処理が行われていると解することができる

第二に、検索エンジンがEUデータ保護指令2条の「個人データの取扱管理者」にあたるかに関して、検索エンジンの活動が、あらゆるインターネットユーザーに対して個人データの全面的な拡散の決定的な役割を果たしていることから、個人データ処理の活動の目的及び意義を決定づけているのは検索エンジンであって、個人データの処理はその活動の中で実施されていると指摘した。したがって、検索エンジンの運営者は「管理者」とみなされる

第三に、検索結果の撤回・消去請求権に関して、裁判所は以下のように判示した。

EUデータ保護指令の規定は、欧州司法裁判所がその尊重を確保し,EU 基本権憲章において掲げられている法の一般原則の不可欠の部分をなすところの基本権に照らして、解釈されなければならない。同憲章8条2項・3項は、個人データは、公正に、特定の目的のために、データ主体の同意又は法律に規定された他の正統な根拠に基づいて取り扱われなければならないこと、あらゆる人は自己に関して収集されたデータにアクセスする権利及び当該データを修正させる権利を有すること、これらの規律が尊重されるよう、独立機関がコントロールすべきことを定めている。

EUデータ保護指令12条b号は、データの取扱いが、同指令に適合していない場合、とりわけ、データが不完全な又は不正確な場合に、当該データの修正、消去又は封鎖をさせる権利を、加盟国が全てのデータ主体に保障することとしているが、同指令に適合していない場合に関して、同指令6条1項d号は、例示列挙であって限定列挙ではないことを示唆している。したがって、上記権利の発生要件である取扱いの不適合性は、同指令により課された他の正当性要件の不遵守によっても認められ得る

データの質がEUデータ保護指令6条の要件を充たしていない場合や、データの取扱いが同指令7条の要件を充たしていない場合には、同指令12条b号の、データ取扱いの不適合性を充たすこととなり,同指令12条所定の権利が認められ得る。この場合には、同指令14条1項所定の権利も認められる。なお、当初は適法であったデータ取扱いが、時の経過や取扱目的に照らして、不適切・不当・不正確・過度になり、指令に適合しなくなる場合がある。

検索結果からリンクを消去することが、潜在的に当該情報にアクセスし得るインターネット利用者の正統な利益に影響を及ぼす場合には、この利益と、同憲章7条・8条によるデータ主体の基本権との正当な均衡を探求しなければならない。一般的には、データ主体の権利が優位に立つといえるが、両者の均衡は、個別の場合において、情報の性質、当該情報がデータ主体の私生活に関わる程度およびこの情報を入手することへの公衆の利益の大小、データ主体が公的生活において果たす役割に応じて異なり得る。

本件においては、問題となっている情報がXの私生活に深く関わっていること、記事の当初の発行から16年が経過していること、当該情報にアクセスすることについて、公衆がXの利益に優越する利益を有しているようにもみえないことから、EUデータ保護指令12条b号及び14条1項a号に基づき、X の消去請求が認められるべきである

検討

本先決裁定は、EU基本権憲章に従ってEUデータ保護指令を解釈し、原告側にデータの消去を請求する権利を認めた。しかし、本先決裁定は、同指令6条および7条の違反を構成することを前提として、12条および14条に基づく消去請求権を認めたのであり、限定的な解釈がされたと考えられる。したがって、「情報を忘れられることを欲している」だけでは、消去請求権は認められない

まとめ

「忘れられる権利」は、2016年4月27日に採択されたEUデータ保護規則において明文化され、データ管理者は、個人データの複製・複写へのすべてのリンクを削除するよう第三者に通知し、管理者が責任を有するデータの公開に関してあらゆる合理的手段を採らなければならないことが、定められた。削除の理由となるのは、当該データについて、データの収集・処理の目的からみてもはや必要でない場合、データ処理についての同意が取り下げられた場合や法的根拠がない場合、さらに、管理者がEU法や加盟国法を遵守するために削除さるべき場合などである。すなわち、データ主体に消去請求権が認められるには、主観的な意思のみならず、客観的な要件を満たすことが必要であると一般的に考えられていることが分かる。

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